地蔵泉
  地蔵泉はその歴史を鎌倉時代の1200年代にまでさかのぼることができる共同湯です。記録によれば鎌倉時代、有名な元寇の折にも活躍した名門大友家の武将の大友頼泰という人が“湯坪をもうけ、地蔵菩薩を安置した”というのが、地蔵泉の始まりだそうです。名称のいわれが地蔵泉・鶴寿泉共にはっきりわかっているというのはものすごいことだと感じます。この地蔵泉は別府市営の温泉であり、市の資料によれば「市営温泉唯一の自噴源泉」とのことなので本当に得難い共同湯なのですが、残念ながら現在は無期限休業中となっています。
  地蔵泉は営業中は当研究所の研究対象の中でも最高のSランクに属する半地下浴場でした。別府の半地下浴場は湯を自然の高低差を利用して湯船に流し込む為に考案されたというのが理由の一つと考えられ、実に理にかなった作りなのですが、中でも源泉掘削の技術が発達した明治時代以前の「元々あった天然の自噴泉」を利用した浴場の湯船が地下に掘りこまれているものがSランクに該当するというわけです。明礬温泉の湯ノ花採掘場の強い硫黄の香りからも想像できるとおり、この浴場は腐食を避けるために鉄やコンクリートを極力使わず、木や目が詰んだ石を多用して作られており、本当に風情のある「浴室・湯船」となっていました。おまけに、自噴源泉というのが明礬でも指折りに真っ白な濁り湯でありまして、本当に復活を願ってやまないのであります。

2008年2月現在休業中

地蔵泉×
2008年1月再訪しました。
  奇しくも2008年1月1日に再訪してみました。外観は何も変わっていませんが、中は・・・・。やはり自然の力は人間の想像力などを超越しているのです。   実はちょっと市側の都合により、中を見ることができました。が、この場では何も言いません。ただただ、以前は市がきちんと管理してくださっていたのだなあと痛感しました。


入浴できた頃のレポートです。

  湯小屋を美しく撮影できるポイントを探したのですが、どうもここはうまくいきません。
  この様な中で左右に分かれる珍しいエントランスです。
  なぜか湯船も旨く写せません。落ち着いて何枚かシャッターを切らせてもらったのですが皆ピンぼけでした。
  う〜〜む。ずれるなあ。
  湯船から脱衣所です。
  上と連続で見てください。
  美しい湯です。
   ※非常に残念ですが、地蔵泉は2004年11月現在、湯量と湯温の低下の為、営業を休止しているそうです。ずっと泉温の低下が指摘されてきただけに復活できるか微妙かもしれません。   なんとか復活して欲しいものです。


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