温泉文化研究所(HOME) 》 別府温泉共同湯 》  NO.84 亀川筋湯温泉

亀川筋湯温泉
  亀川筋湯温泉は亀川駅から旧道の国道10号線を別府大学駅方面に進んだ街道筋にある共同湯です。この温泉はいかにも古そうに見えますが、亀川周辺で自然湧出泉として江戸時代から利用されていた四の湯温泉や御夢想温泉(組合員専用に付き一般外来不可)に比するとやや歴史が浅く、大正時代初期に作られた温泉らしく、およそ100年ほどの歴史だそうです。(ただし源泉はいつ頃からあったのか不明)。しかし、この温泉がただものでないのは外観の鄙び具合から察していただけると思いますが、なんと今の湯船はその“大正初期のもの”そのものなのだそうです。元々亀川筋湯温泉は石造りの混浴の湯船1つで始まったそうなのですが、この最初の石組みの湯船の上に底板を張り、更に男女別に区切って現在も使用しているそうです。言われてみれば、この温泉の湯船は確かに男女別の壁が上を通ってはいますが、湯の中では区切りがなく、いかにも元は正方形の一つの湯船(イメージ的には照湯の殿様湯の石組みにそっくりだと思います)であったような印象を持ちます。いや実際その印象は正しかったのです。上物がいつの時代の物かわかりませんが、さすがに大正時代からの物とは思えませんが、ここも望潮温泉寿温泉竹瓦温泉などと共に別府最古の温泉候補の一つです。
  亀川筋湯温泉はその独自源泉の薬効の高さが高く評価されている温泉でもあります。入り口には口伝として「温泉が湯口から白く濁って出て来るのは、薬師様が入ったためである。だからその後で入ると病気が良くなる」と伝えられる湯の効き目が文章化されている。神経痛やリューマチに効くとされる温泉は自然に湯治に利用され、入浴を続ける内に杖が必要なくなった方が今でもいるらしい。ちなみにこの温泉は加水するシステムをそもそも備えておらず、浴室内には水道の蛇口さえ見あたりません。入浴には自然のままの温泉の流量を変化させて温度調節しているらしいのですが、いわゆる“冬”と呼ばれるシーズン以外の気温が低くない日には前述の通り「熱くてとても入れない」日というのが存在します。当研究所は4度の訪問の内一回が8月に行ったのですが、この時は「中で10秒じっとしているのが辛い」という位の温度となっていて、はっきり言って温泉を楽しむと言うにはほど遠いレベルでの湯浴みとなり、この場を後にしました。また、入浴料のシステムもはっきりと確立されていないように見えました。入り口にはお賽銭で入浴できる旨書いてありますが、別府市営温泉ならともかく、地元で管理している温泉ということになるので当研究所では「お賽銭」ではなく、「100円(別府での標準料金)」と表記しています。


亀川筋湯温泉×
2008年1月再訪しました。
  2002当時の湯小屋。   2008年1月の様子。2004年にはこの緑色に変わっていました。
  この通りが旧道の10号線で、今でも大型バスが普通に走る道です。   筋湯に関する伝承。
  宙に浮くように奉られています。   しかし、このお地蔵さま、ものすごい固定の仕方です。
  入り口を入ると即洗い場。こんなシンプルな共同湯は別府といえども相当貴重です。   そして脱衣棚は壁に埋め込まれています。
  こちらが霊泉ともいうべき源泉。飲泉もできます。   このマークいいと思いませんか。外にある汲み湯場です。
  湯船。以前から底が板張りであるのを疑問に思ってきましたが、今回氷解しました。   この様に女湯とつながっています。
  全体図。   湯気抜きの一つの典型的な作り。上に抜けているのもいいですが、この作りも好きです。


  私は1月か3月の訪問が多いので、8月に行ったときは驚きました。   この日は実に適温。割と長居したように思います。




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