温泉文化研究所(HOME) 》 別府温泉共同湯 》 NO.74 四の湯温泉

四の湯温泉
  四の湯温泉は亀川温泉の代名詞とも言うべき存在の温泉です。今でこそ、亀川といえば市営のはまだ温泉が代名詞のように語られていますが、浜田温泉の歴史は約100年(明治中期と伝わります)ということで、四の湯温泉の歴史の長さと周囲の町並みを比べれば自ずと見えてくるものには違いが見られます。四の湯温泉が実際いつ頃から利用されていたのかは定かではないそうです。文献に最初に登場するのは江戸の初期とも言われ、少なくとも明治時代になる以前から浴場として利用されていたそうです。そして四の湯温泉を中心に明治時代には一大温泉場が形成され、旅館や飲食店の賑わいは今のバス通り沿いにもかいま見られるほどな上、そのバス通りもかつての街道筋(後の国道10号線)にあたり、今の四の湯公園を中心にして街道を行き交う馬車の巨大な停留所だったそうです。加えて現在もその名を残す西光寺・.信行寺という2つのお寺の門前町としての立地などにも後押しされ、人でにぎわったのではないでしょうか?
  四の湯温泉はその敷地内に独自源泉を持ち、かつては温泉成分の濃さから“金の湯”とも呼ばれたそうです。これは鉄分の多さから湯底がオレンジ色(金色)に染まっていたことに由来するそうです。現在の四の湯は別府らしい「高い天井」「青ペンキ」「湯気抜き」「脱衣所一体式」「半地下」などの特徴を持った浴場で楕円形の湯船が美しく、年末年始にザボンを浮かべた湯船はそれは絵になって、誰しもが画像を見ただけで「ああ、四の湯へ行こう」と感じるはずです。年にもよりますが、年末年始は終夜開放されることがあり、除夜の鐘を聞きながら・・・なんて風流を味わってみてはいかがですか?(但しPはありませんので、夜間訪問する方は節度を以て行動しましょう)


四の湯温泉×
2008年1月再訪しました。 (相変わらずほれぼれする雄姿です)
  青ペンキが上手に使用された浴舎。美しいです。   ここも何度訪問しても人を引きつけるものがあります。
  営業時間が微妙に夏冬で変わります。   嗚呼!ま〜た中断時間に来てしまいました。いかに私がいい加減に町歩きをしているかわかろうというものです。管理者がこれじゃあなあ。(2007年12月27日)
  再訪!扉を開けると左に階段。半地下へ。   脱衣所は洗い場の幅めいっぱいです。
  入口を振り返るとこんな感じ。   ああ、四の湯温泉です。
  天井が高く、男女別の仕切りも最低限にしてあります。何という開放感!   古いですね。この「鑛泉」の文字を使うのは恐らく明治時代のものです。
  この湯のたっぷり感。脱衣所の開放感。う〜ん。   青いタイルが又実に美しい。
  脱衣所側も天井が高く更に採光ばっちり。明るいなあ。   湯船から天井まで。
  美しく透明な湯。   これがザボンです。下記の古いレポも参照してください。


  この浴場は以前にも貸し切りになったことがありましたが、なぜか入浴画像は未入手でした。   今回おとうさんがお一人いらっしゃいましたが、許可を取って写しました。



以下は2005以前のレポートです。


  四の湯は公園の中にあります。植樹に風情があり、子供が遊んでいたりもして実に画になる温泉です。
  美しい。ここは中も優美で色使いが何ともいえません。クリーム色に鮮やかな青が映えます。
  入り口の休憩スペース。こういう感じが共同湯なのです。
  またも中断時間に来てしまいました。再開まであと3時間。
  再訪しました。広い。そして美しい。
 こんなに景気よくザボンを入れてくれる共同湯は少ない気がしました。
  壁との調和が実によいです。
  ザボンがここまで香ってきそうです。


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