温泉文化研究所(HOME) 》 別府温泉共同湯 》  NO.15 竹瓦温泉







竹瓦温泉
  竹瓦温泉は別府でも最も古い部類に属する共同湯です。(施設的に・・・という意味です。温泉地として文献に残る古さは柴石温泉・鉄輪温泉・浜脇温泉などの方が古いかもしれません)。歴史的な観点から論ずれば、鉄道の駅は明治時代の中期以降に誕生したもので、当時中心は「(漁)港」であり、温泉場という観点では江戸から明治初期にかけては「浜脇温泉」の周囲の方がにぎわっていたと言います。
  話を竹瓦温泉周辺に戻しますが、そのころの温泉といえば永石温泉・田の湯温泉・九日天温泉・楠温泉・不老泉・紙屋温泉などがあったそうです。
(ちなみに別府全体に話を広げると明治初期には朝見温泉・観海寺温泉(復興泉か観海寺高等温泉か不明)・堀田西温泉・堀田東温泉・照湯・今井温泉・谷ノ湯・湯河原温泉・渋の湯・熱の湯・鉄輪むし湯・鶴寿泉・地蔵泉・柴石温泉・御夢想温泉・四の湯・浜脇温泉(いくつかに分かれていた)などがあり、温泉名によっては妙に納得でき、温泉名によっては「え〜〜あそこってそんな古いんだ〜」などという感想がもれてくるものと思います)。その中で同じように古くから源泉利用されてきた現在の竹瓦温泉所在地周辺に明治時代初期に漁師さんたちが自噴する湯を利用して”竹葺き”の湯小屋を造ったそうです。これが竹瓦温泉のスタートで、後に1900年頃”竹葺き”を”瓦葺き”に改装、この2つの屋根の材質を由来として「竹瓦温泉」という名前が付いたそうなのですが、そうなると一番最初の頃(1879年〜1897年くらい?)はなんと呼ばれていたのでしょうか?いや別府だからいちいち名前はなかったのでしょうか?(今は源泉名も竹瓦温泉となっていますが、当時自噴していた源泉に名称はなかったのかが気になります。ちなみに竹瓦温泉の明治時代の別称には“乾液泉(けんえきせん)”という名前もあったそうです。)。本題を続けます。のち、更に大正2年(1913年?)根本的な大改築が行われ、竹瓦温泉は今と似たような形の2階建ての建築物となり、最終的には昭和13年(1938年?)に現在我々が目にしている唐破風屋根の御殿作りの建物に変わり、今に至るそうです。従って現状では「還暦を通過したくらい」というのが竹瓦温泉の年齢のようです。
  竹瓦温泉は現在では外観の作りのみならず、別府の温泉として最も色濃くその影響を残す温泉となっています。まず、浴場そのものが”半地下”と呼ばれる掘り下げ式の作りになっていること。これは動力がなかった時代に自噴する湯を湯船に導くために「液体は下に向かって流れるもの」という自然の摂理を上手に生かした古い別府の浴場には必ずと言っていいほど使用されている手法です。次に「脱衣所一体式」と呼ばれる作りがあります。これは文字通りなのですが、着替えをするところと浴室が別室になっていないということです。昔は混浴が当たり前(明治に入ってから西洋人が日本に出入りするようになり、西洋の有識者が「混浴を野蛮なもの」と認識していたことから「そういう点でも諸外国に追いつこう」とお役所などでだんだんと決まりを厳しくしていって今の公衆浴場法ができたと言われていますが、日本の古き良き原風景が残る場所では混浴の浴場が残ってることは周知の事実です)だったわけですから、この脱衣所一体式というのは本当におおらかな気風の表れだと解釈しています。(また悲しいですが、現状の公衆浴場事情だと盗難防止にも入浴しながら所持品が常に視界に入っているというのも精神衛生上とてもよろしいです)。更に現在別府の浴場としては唯一”砂湯”が入っています。(湯があちこちで自噴する別府ですから、昔は自然なままの海岸線のあちこちで「海浜砂湯」があったそうです。今は上人町付近に「市営の海浜砂湯」を残すのみです)。そして最後になりますが、湯そのものの違いは本当に微妙な差らしいですが、竹瓦温泉は「男湯」と「女湯」では源泉が違うそうです。いかにも源泉豊富な別府らしいですね。(日本で他に旅館や高料金の日帰り湯を除いて、男女で源泉が違うという浴場って存在するのでしょうか?)
  この様な温泉文化遺産としての様々な価値を持ちながら、竹瓦温泉は市営の共同湯として普通湯がわずか100円(砂湯もおそらく日本最安の1000円)で入浴でき、源泉は美しいエメラルドグリーンの湯(日によって色は変化します)が注がれ、朝6:30〜夜22:30まで一日中私たちを待ってくれています。皆さん別府へ行きましょう。そして、まずは竹瓦温泉へ行ってみてください。お話はそれから・・・・・・・いたしましょう。


            温泉文化研究所 主任研究員 青森行夫


竹瓦温泉×
2008年1月再訪しました。
  永石温泉も似たような空気をまとっていますが、やはり役者が違います。   反対側(山側)より。
  この雰囲気は道後温泉本館にも似ています。   ちょっと引くと日帰り湯と言うよりは旅館にも見えてしまう貫禄です。
  訪問するたびあちこちからアングルを変えて撮りだめしていますが、別府の駐車場不足だけはなんとかしてほしいものです。   この手前の車さえなければ・・・。
  ここに男女別で源泉が異なると書いてありますが、実は砂湯も源泉が違って書いてあります。砂湯って湯船(砂を落とすところ?)があるのでしょうか?   入り口はいってすぐ。左に行くと砂湯、右が普通湯です。
  非常に天井が高く作られています。ここは休憩所なのですが、床の木の色つやが最高ですね。   入り口の土間で右に目をやると番台があります。今日は無料開放日です。
  砂湯の入り口。   休憩所。
  天井の作りも見事です。   男湯入り口。
  そしてのれんをくぐると・・・・、この様になっています。   天井は高く、そして・・・(下の画像)洗い場までは2メートル近く掘り下げられています。


  上:本当に美しいエメラルドグリーン湯。ここの湯は「はまだ温泉」に似ている気がします。ちなみにこの美しい透明な湯も混んでいる日には、・・・・・です。是非朝訪問してみてください。   下:この日は本当に「神の時間」が続きました。時に12月30日7時15分。もう無料開放日だったのですが、浴室内が完全無人。脱衣所にも私の着替えしかありません。
  上:洗い場から天井までを一枚に切り取ってみましたが、ちょっと間抜けでした。   下。同じくやってみましたが、上と下で明るさが前違うので、下にあわせると上は白く飛び、上にあわせると湯が真っ暗。
  上:このアングルが一番気にいりました。   下:後で伺ったのですが、竹瓦温泉の湯底のタイルには2種類の画が描かれているそうな。今度確認しなくては。
  脱衣所に三脚たててセルフタイマーを使っても人が来ません。   好き勝手に撮影三昧。


  こんな贅沢して良かったのでしょうか?   撮影冥利に尽きました。



以下は2005以前のレポートです。

  外人さんが渋く決めていました。こういう伝統的な建築物だと、和服の日本人も良いですが、なぜか外国の方も絵になります。
  美しい。道後温泉本館と比肩しうる、日本の温泉文化遺産です。いつかここも「亀川浜田温泉」のように立て直される日が来てしまうのでしょうか。
  この温泉も結構季節や温度で見せる姿が違います。この日はいかにも塩化土類泉ぽい緑色でした。


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